Book review
給料――あなたの価値はまだ上がる
給与の透明性だけでなく、「誠意ある給与」と報酬哲学から公平で説明可能な給与制度を考える本。
全体のサマリー
公平で説明可能な給与制度を、給与の透明性を超える「誠意ある給与」と報酬哲学から考える。会社側の給与設計と、働く側の交渉の両面を扱う。
感想メモ
給料―あなたの価値はまだ上がるを読んだ。
原著はFair Pay: How to Get a Raise, Close the Wage Gap, and Build Stronger Businessesという書籍。
日本語のタイトルは給与交渉の話(個人)に見えるけど、実際に面白かった部分は報酬哲学や公平な給与をどう実現するかという話(組織)だった感覚がある。 なので、読んだ後に原著がFair Payというタイトルだったのみて納得した。
給料はあなたの価値なのかと合わせて読むと面白い本だと思う。
透明性が上がると結果的に格差は減ることが知られているが、透明性だけでは説明力が足りないなーと前から思ってた。 この本ではそこに”誠意ある給与(Pay Sincerity)“という概念を出していた。この概念の話が良かった。
賃金を増加させた時の試算
アメリカで最低賃金を$15に上げるという運動があってその話から始まる。
このときに$1賃金を上げるとどういうコストがかかるかの計算式が面白かった。
本書では、スターバックスの各バリスタの時給を1ドル上げる場合、週25時間、年52週、各店15人、8500店舗として、年間約1億6500万ドルかかると試算していた。
一方で、最低賃金に変動があったからといって失業率が上がったり、物価が上がったりはしないという話。 実際の$15の戦いでもそういう結果になっていた。
大幅な最低賃金の引き上げ後も、パンデミック前の失業率は低下し、物価の暴騰や自動化による雇用増大の停止は起きなかったという振り返りもあった。
誠意ある給与(Pay Sincerity)
この書籍で一番興味深いところだったかも。
給料はあなたの価値なのかでは、給与の透明性があると給料の格差(ジェンダーや色々な問題による格差)が減るという話があった。 一方で、透明性という言葉は開示だけで終わることがあり、そこに説明責任までは含まれないので、ガラスの天井のような問題は透明性があっても存在はすることがある。
これに対して、透明性を包含してるような概念として誠意ある給与(Pay Sincerity)という話が出てきた。
誠意ある給与とは、公平で透明性のある給与をひたすら追求し、人間らしい生活に必要なものを提供して、人々が自分の貢献と潜在能力に充分な報酬を求められるようにする手段のことだ。
これは一度実施して終わる認証のようなものではなく、給与情報を共有し、問題が見つかったら対話し、改善と信頼構築を続けられる環境を維持する選択だという。透明性は必要だが、情報を開示するだけでは説明責任や是正までは生まれない。
企業が賃金格差の評価を避ける背景には、問題を発見したら是正責任を問われるという事情もある。それでも「尋ねない、言わない」で済ませず、改善可能な問題として扱うべきだという主張だった。
給与は一回きりの問題ではない(一度あげてそこで終わりではない)ため、継続的に話し合える環境そのものが大事だよねって話。 これ読んでいて、デュアルキャリア・カップルを思い出した。
デュアルキャリア・カップル――仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越えるでは、カップルの人生には次の3つの転換点があるという話が出てくる。
- 第一の転換期──どうしたらうまくいく? 結婚数年後の転居や子供の誕生
- 第二の転換期──ほんとうに望むものは何か? マンネリ化から生じる変化への衝動を感じる30代後半~40代
- 第三の転換期──いまのわたしたちは何者なのか? 子供が巣立ち、仕事でもベテランとされる50代以降
第一の転換期は、子供 or キャリアチャンスで訪れることが多い。 このとき、短期的な経済基準で移住や離職などをすると片方の将来性に負荷がかかるため、経済バランスが崩れて戻すのが難しくなる。
復職しても37パーセントの収入減が待っている。子育ての真っ只中にいるときには、乳幼児期はひどく長いように感じられるが、40余年のキャリア全体からすればその割合はほんのわずかだ。一方、離職することによる経済的な損失の合計は生涯で100万ドル以上にのぼると、さまざまな研究で算出されている。 — デュアルキャリア・カップル――仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越える
短期的に処理すると取り返しがつかないので、長期的な合意にいたるまで話し合い、大きなライフイベントに慎重に対応する。 そうすることで、第二の転換期まで二人でたどれる道をつくる。
この話と “理想的な誠意ある給与” の話が結構似てるなーと思った。
報酬哲学
わたしが思うに、報酬哲学を持つことのあまり目立たないが重要な理由は、企業が競合他社の給与決定にどう対応するかを公に示すことだ。これをはっきり口にする企業はないが、報酬哲学は、自由市場に参加する企業の意欲に制限を設ける。企業は給与で他社と競争することに戦略的なメリットを感じていないことを忘れてはならない。
上場企業ならProxy Statementなどから報酬哲学を探し、見つからなければ人事へ確認してみる、という具体的な読み方も紹介されていた。
この報酬哲学の話面白かった
<会社名> Proxy <年数>で検索というやつで、Proxy Statementは日本だと株主総会招集のやつ。
これの取締役の報酬等の内容に係る決定方針あたりに書いてあるのでまず読んでみようねって話。
たとえば、株主総会招集 Yahoo - Google 検索で検索してみるとZ Holdingの2023年定時株主総会招集ご通知が出てくる
このPDFには”報酬ポリシー”という項目があって、ここに報酬哲学が書かれている。 大抵は役員報酬のポリシーになっている。
ここで、現存の報酬哲学すべてを要約してみる。会社の哲学をざっと読むと、表現は少し違うかもしれないが、次のような文章が見つかるだろう。「当社の報酬哲学は、戦略目標を達成するのに必要な人材を誘致し、つなぎ留めるために存在する」。
実際読むと大したことは書いてないんだけど、誠意ある給与(Pay Sincerity)を実現するには、これを公開するだけじゃなくて、知ってもらう状態にすることが大事という話が良かった。
他社のまねをして安全策を取るという現在のモデルでは、独創的な考え、進歩、説明責任という面から見て、多くのものを取りこぼしている。表現をくふうするうえで、企業によって多少の違いが出てくるだろうが、手始めとして、標準的なモデルを誠意ある給与を表す言葉と組み合わせてみた。
標準的な報酬哲学へ、生活に必要な給与、公平で透明な情報、貢献と潜在能力への十分な報酬という観点を組み込む例が示されていた。
法律が決まってるから公開されているんだろうけど、大体の人はそれすら知らないかもしれないので、知ってもらう状態になってより具体的な議論や行動が進む。
先ほども書かれていたけど誠意ある給与(Pay Sincerity)は一度きりのものじゃないので、継続的にやるにはトレーニングも必要という話があって、そのアイデアの話も面白かった。
全従業員を対象とした公正な給与のトレーニングプログラムをつくり、管理職や人事部用の上級モジュールも用意する。 ・共通のガイドラインの範囲内で、必要に応じて管理職や人事部リーダーに給与を調整する権限を与える。 ・給与範囲を公開し、従業員が自分の本当の同等集団と比べてどのくらいの位置にいるのかわかるようにする。 ・賃金平等分析の数字だけでなく、賃金格差分析の結果も公表する。 ・雇用方針や契約に含まれる時代遅れの(そしてたいていは違法な)給与の秘密保持条項を廃止する。 ・社内の後援プログラムに、給与に関わる指導の責任を負わせる。 ・ネットワークのセキュリティーホールを発見するためのチームと同じように、プロセスの偏りを根絶するための〝レッドチーム〟を編成する。 ・差別や報復を心配する従業員のために、秘密にできる手段を用意する。 ・厄介な倹約家の管理職を回避するために、中央での資金プール管理によって積極的に給与調整のための資金を調達する。
一度きりじゃないのは、維持しようと思って維持しないといつの間にか簡単に変化してしまうことがあるという理由がありそう。 たとえば、企業を買収した場合は大体はその企業が元々も持っていた給与体系を継承してしまうだろうし、給料はあなたの価値なのかでいうところの”模倣”や”惰性”が働くので、いつの間にか影響を受けてしまうことがある。
その辺の公正な給与のトレーニングを実際やってるところってどれぐらいあるのか気になる。
ノルウェー
ノルウェーは納税申告書が情報公開されているため、給与の透明性という視点での先行研究となってるケースが多くて面白かった。
ノルウェーでは納税申告書が長く公開され、2001年以降はオンライン検索もできるようになった。一時期は友人の収入ランキングを作るサービスまで登場したが、完全な透明性だけで賃金停滞と格差の両方が解決したわけではなかった。
現在は匿名では見れなくなったり、商用利用はできなくなったりとか色々制限が入ったので、完全に自由には見れなくなってる。
けど、この自由に見れた時期でも賃金格差は完全にはなくなるわけじゃないという話(でも他の国に比べると格差がだいぶ小さい)
OECDのデータではノルウェーの男女間賃金格差は7%とされ、他国より小さくてもゼロにはなっていなかった。
これは公開してるだけであるので、透明性があるだけの状態と言える。 誠意ある給与(Pay Sincerity)を実現するには、この透明性に加えて、公平な給与のためにはどういう修正が必要かという維持する体制も必要になるというのはこの辺から来てるのかなーと思った。
絶対値ではなく相対値の給与での満足
このノルウェーで面白かった研究。
ノルウェーの税制についての研究によると、給与が人間の基本的要求を満たすのに充分である場合、同等者と比較した場合の給与額のほうが、給与自体の額よりも満足度を高める重要な要因になることがわかった。簡単に言えば、同等者と見なした人たちより自分の給与が高ければ満足で、低ければ不満を感じるということだ。この研究では、経済的に恵まれていない家庭のほうが、恵まれている家庭よりも、収入の透明化に反対する傾向が強かった。未払いの請求書や叶わぬ夢への思いなど、自分が他人と比べてうまくいっていないことを毎日思い知らされていれば、みんなに自分の給与のことを訊かれたくはないだろう。
- American Economic Association
- The Effects of Income Transparency on Well-Being: Evidence from a Natural Experiment - American Economic Association
この研究が色々面白い。
同等者と比較した結果に対しての満足度があるという話は、給与交渉というアクションに繋げるときに、自分が同等者のどのレベルでどのぐらいの給与をもらうのが一般的かという自身の位置を把握することの重要さとも繋がってる。
もう一方の経済的に不利な立場であるほど、給与の透明化には反対する傾向が強いという話も面白い。 これは書籍の最後にも出てきてたアーティストの話ともなんか似ている気がする。
「アーティストは自分の収入額を、観客に対しては少なめに言うが、友人に対しては多めに言う傾向がある
質問することで改善する
情報の非対称が雇用主と従業員には発生するので、質問をしようという話が良かった。
複雑さは常に、権力を持つほうに有利だからだ。賢い質問をされれば簡単にするしかなくなり、明瞭性と透明性、そして公正さへ向かう道の基礎が築かれる。
この賢い質問というのが日本語訳のタイトルにきてるところなのかなー
原著はFair Pay: How to Get a Raise, Close the Wage Gap, and Build Stronger Businessesというタイトルで、自分が読んだ感想はどっちかというこのタイトルだった。
交渉
給与情報を共有するサービスの精度が上がり、従業員自身による給与情報の公開も進むため、企業は透明性と説明責任が高まる状況を受け入れる必要があるという話だった。
具体的にどう交渉するのかという話が結構書かれてた。 簡潔にまとめると自分の位置を知る、質問するという話だったと思う。
この位置の見つけ方が具体的に色々書かれて面白かった。 企業ベースのものと個人の申告ベースのサイトの違いとか、最近はLevels.fyiとかもデータとしての信頼性がだいぶ上がってるんだなーとか。
日本でもそういうのは増えていってる。
要約すると、必要になるまでMVPの金額を教えてはならないということだ。
この辺の給与交渉のよくあるテクニック的な話もあった。 けど、そういうテクニック的な話の本として読むのはあんまり向いてない印象はある。
その交渉については4つの要素(Process/Permission/Priority/Power)があって、その戦略についても整理されている。
